翼はもうはばたかない
その11
あいしているという言葉は 今はとどかない |
二週間後。 千尋が森に姿を現した。 ここに来たという事は、何か決心をして来たということ。 ハクは緊張した面もちで千尋を出迎えた。 「‥‥どうぞ」 千尋は勧められるままに、木の切り株に腰を下ろした。 静寂が辺りを支配している。 千尋もハクも、ただ黙って風の音を聞いている。 「‥‥ハク‥‥」 「なに‥‥?」 千尋は自分から話しかけておいて暫く黙っていたが、やがて口を開いた。 「私‥‥考えたの」 「‥‥‥‥‥」 「‥ハクは、湯屋に戻った方がいい。ハクが消えるのはやっぱり耐えられないから‥‥」 千尋が「消えるのを覚悟でこちらにとどまって欲しい」と願うとははなから思ってはいなかった。 だからその言葉はハクも素直に受け止める事が出来た。 しかし 「‥‥千尋はどうするんだ?」 「‥‥‥‥‥」 千尋以外に大切なものがないハクには分からない苦悩。 両方とも大切で、どちらも失いたくないのに、どちらかを失わなければならない―――それも自らにその選択が委ねられているという事実。 千尋が今どれだけ苦しんでいるのかを、ハクは想像するしかない。 しかしこれだけはハクも譲れない事柄。 「‥‥我が儘を言っている事は分かっている。だが‥‥」 「分かってる。‥‥‥‥分かってるの‥‥凄く、悩んだの‥‥」 千尋は顔を覆った。 どうしても失えないものがふたつ。 どちらかを取れば、どちらかを失う。 ずっと悩んで ――――――そして‥‥ 「‥‥ついてく‥から、だから‥‥お願い。湯屋に戻って‥‥」 顔を覆ったまま泣き出した千尋を、ハクはただ抱きしめるしか出来なかった。 「‥‥ごめん、千尋‥‥辛い事を決断させて‥‥」 千尋は、ハクの胸の中でただ首を横に振っていた。 |