翼はもうはばたかない
その13



















あの娘の声を聞いたのは 一体いつだったろう






















ハクは再び湯屋で働く事になった。

こちらの世界に戻って来た事で、感じていた力の衰えもなくなり、人間界にいた時よりも明らかに体調も良くなっている。

しかし



「‥‥戻られてからのハク様って、何か怖いよねぇ‥‥」

「ほら、昔千っていう人間の娘が働いてた事あったじゃない。その娘を追って人間界に行ったはいいけど、振られたっていう噂だよ」

「それでずーっと不機嫌なのかしら‥‥」



そんな噂もまことしやかに流れたが、ハクは取り合わなかった。

千尋がどんな思いで自分の手をふりほどいたか――――――それを知るのは自分だけでいい。

いちいち反論するのは、千尋ばかりかそれまでの思い出をも汚して行くような気がしてならなかったから。

だから、いくら釜爺やリンから千尋の事を聞かれても、ハクは千尋の名すら口にしなかった。

まるで――――千尋の事を忘れてしまったかのように。






幾つもの夏がやって来るたびに、千尋の事を痛みとともに思い出し―――――それがますますハクを孤独に追いやっていく。

元々白かった顔は今や病的なまでの白さになり

幼い頃には肩で切り揃っていた髪は、今では背で一つに束ねられている。

20歳近くのまま止まってしまった容姿には、刃のような鋭さと危うさが加わって見る者を魅了してやまない。

だが、ハクは全く他人に興味を示さなかった。

12歳だった頃よりも強く他人と距離を置こうとし、それが周りへの冷たい言葉になって表れる。

口数も少なくなり、ハクをあからさまに嫌っていたリンが心配するほど、ハクは変わってしまっていた。













―――――ハ‥‥ク‥‥‥








「千尋!!」

がばっと起きあがる。

夏の心地よい風が部屋の中に入ってくる。

ハクは冷や汗を拭い、大きく息をついた。

「‥‥千尋‥‥‥」

あれからもう何年もの刻がすぎている。

人間界にいる千尋は、とうに今の自分をすぎて成長してしまっている事だろう。

きっと自分の事も忘れてしまったに違いない。

なのに

自分はまだ千尋を忘れられず、こうして夢にまで見る。

ハクは目を覆った。












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