翼はもうはばたかない
その16
偶然や奇跡は そう簡単に起こるものじゃない だけど――――― |
千裕は、無事湯婆婆と契約をとりつけた。 そのあまりの堂々ぶりに、湯婆婆も舌を巻いたほどだと言う。 かくして、千裕は湯屋始まって以来二人目の人間の従業員となった訳である。 湯婆婆から与えられた名は千。 かつての千尋と、全く同じ名だった。 「千です。よろしくお願いします」 そう挨拶をする千裕に、周りの従業員は戸惑いを隠せなかった。 よくよく見れば、かつての千尋と違うものの(湯屋にいた時には10歳という年だったのもあるが)、顔立ちはそっくりと言えるほどよく似ていて。 ハクですら千尋と混同してしまいそうになるほどに――――二人は良く似ていた。 「リン、千の面倒を見てやれ」 「へいへい」 兄役の言葉に、リンが頷いて千裕を促した。 「来いよ」 「はい」 千裕がリンに連れられていくのを見送り、ハクは珍しくも溜息をついた。 「ハク様?」 そんなハクの様子に兄役が声をかける。 ―――ずっと人形のようだったハクが、溜息をもらすなど珍しい。 「‥‥何でもない」 ハクはそれだけを言うと、自らの持ち場へと戻る為に歩いていった。 「セーン!! こっちに来とくれ! 人手が足りないんだ!!」 「はぁい、今すぐ!!」 軽い足音をたてて、少女が走っていく。 頭の上で結ばれた髪が、少女の動きに合わせてふうわりと揺れている。 それを、ハクはただ見つめていた。 あまりにも似ている。 千尋は、子を為す事もなく亡くなったという。 だから目の前の少女に千尋と血縁がある訳ではない。 だけど――――あまりにも似すぎている。 容姿だけでなく、その発する気配すらも――――― そこまで考えて、ハクは一つの推論にたどり着いた。 ――――もしかして‥‥千裕は、千尋の生まれ変わり‥‥か? 違うかもしれない。 しかし一度心に浮かんでしまった考えをうち消す事は、もはや出来なかった。 ただの傀儡と化していたハクの心に、再び感情が戻ろうとしていた。 |