翼はもうはばたかない
その18



















面影を見てしまうのは 罪だろうか























「お帰りなさい」

湯屋に戻って来た時、千裕が玄関の掃き掃除をしているところだった。

ハクに気がついてぺこりとお辞儀をする。

「ハク、お疲れ様。何処か行ってたの?」

屈託なく話しかけてくるその声は、記憶の中の千尋と良く似ている。

「‥‥仕事中は「様」をつけなさい」

「あ、そうだっけ‥‥」

ぺろっと舌を出して、「ごめんなさい」と謝った後、千裕は再び掃き掃除へと戻った。





――――やはり、似ている。

姿形や声もそうだが、仕草やちょっとした時に見せる表情も、そっくり。







「‥‥千尋」

思わずそう呼びかけて、ハクははっと口を押さえた。

どうやら千裕は聞いていなかったらしく、黙々と掃き掃除を続けている。

「‥‥千」

改めてそう呼びかけると、千裕は「はい?」と振り返った。

「なんでしょう?」

「‥‥‥いや。ここが終わったらもう休みなさい。明日もまた仕事があるから‥‥」

「はい」

にこやかに返事を返す千裕の笑顔と、記憶の中の千尋の笑顔とが重なる。


それが寸分違わず重なった瞬間、ハクは千裕の腕を掴んでいた。

「えっ‥‥きゃ」

そのまま強く抱きしめる。

「な、なにっ‥‥ハクっ‥どうしたの‥‥ん‥ぅ」

千裕の声はハクによって遮られた。

「‥‥んっ‥ぁ‥」

苦しさに顔を背けようとする千裕を押さえつけ、唇をふさぐ。

唇を割り込んで舌を絡めると、千裕は逃れようともがき始めた。

それを押さえ込むようによりいっそう力を込める。

「‥‥ふ‥ぅっ‥‥」

いつの間にか背を壁に押しつけ、そのまま手首を動けないようにと固定して貪るように口付けを繰り返す。

「‥‥や‥‥ぁ‥‥」

微かな声にはっと唇を離す。

千裕の瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちていた。

その表情が、時計台で自分の手を振りきった千尋の表情と重なり―――ハクはよろけるように後ずさっていた。

手が離れる。

ハクが離れても、千裕はただ呆然とハクを見つめているだけだった。

「‥‥千尋‥‥」

呆然と過去だけに生きる少女の名を呼ぶ。

しかし―――目の前の少女がそれに応える筈もなかった。

「‥‥‥どうして‥‥こんな事するの‥‥」

千裕は震える手で自分の唇をおさえた。

「‥‥だいっきらいっ‥!!」

そう絶叫して、千裕は泣きながら建物の中に入っていってしまった。


ハクは千裕を追うでなく――――その場に立ちつくしていた。













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