翼はもうはばたかない
その20
わたしはどこから来て どこへいくのだろう |
坊の部屋を出て、湯婆婆の部屋へと入る。 そこからでないとエレベータに向かう廊下に出られないのだ。 「‥‥‥何の話をしていたの?」 つい気になってハクがそう訊ねると、千裕は微かに笑みを浮かべた。 「私の前にいたという人間の女の子の事聞いてたの。私と同じ名前なんだってね」 いきなり核心を突かれて、ハクは立ち止まってしまった。 「千尋‥‥‥あなたの恋人だったんでしょう?」 千尋と同じ顔で、同じ声でそう言われて、ハクは動揺を隠しきれず、ただ千裕の顔を見つめるだけ。 「私と姿形もよく似てたって。‥‥‥だからなの? あのキスは」 その言葉には非難めいたものなく、ただ聞きたいというニュアンスが感じられた。 「あなた、私に昔の恋人を見てるんでしょ?」 次々と千裕の言葉が胸に突き刺さる。 「でも、私は違う。私はあなたの恋人じゃない」 「‥‥‥っ!」 「そう思うのは勝手だけど、押しつけられるのは迷惑だわ」 千裕はそう言い切って歩き出す。 姿も声も同じで おそらく心も、魂すらも同じ なのに 記憶の中に残るあの声で「関係ない」と告げられるのは、ハクには酷く辛い 「‥‥‥千尋‥‥‥」 ハクの言葉に千裕がふ、と振り返る。 千裕の顔も―――――泣きそうだった。 「違う。私は千尋じゃない!」 そう叫ぶ千裕の足が、ガタン、と何かを踏んだ。 「‥‥え?」 ハクはそこが何なのかをすぐに理解した。 「離れろ! そこは‥‥ダストシュートだ!!」 その声と同時に千裕の足下が開き、漆黒の闇がひらいた。 「きっ‥‥!!」 何とかしがみつこうと手をのばす。 指は、床にかからなかった。 「千尋っ‥‥!!」 ハクはダストシュートに飛びついた。 千裕の姿はもう見えない。 「っ‥!」 ハクはそのまま竜の姿に身を変え、ダストシュートに飛び込んだ。 |