翼はもうはばたかない
その22
失った刻を 取り戻すことは できるだろうか |
「‥‥お、ぼえていた‥?」 自分の声が他人の声のように聞こえる。 ハクはショックのあまり、ただ千裕を見つめるしか出来なかった。 「ハクが私を「千尋」として見ている事は分かってた。だからこそ‥‥言えなかったの。「千尋」があんなに酷い事したのに、まだ想ってくれているのが、痛いほど伝わったから‥‥」 千裕はふ‥っと微笑んだ。 自嘲するような笑み。 昔の千尋ならば絶対に浮かべなかった微笑みだ。 「でもね‥‥「私」はもう「千尋」じゃないの。ハクがずっと私を「千尋」としてしか見られないなら、いっその事殺して。「私」は‥‥「千尋」じゃない。千尋の記憶を持っているだけの、他人なの」 どのくらい見つめ合っていたのか。 ハクは千裕の言葉に何も返せなかった。 立て続けのショックに頭がついていかない。 「‥‥‥ごめんなさい」 混乱している様子のハクに、千裕はもう一度謝った。 「混乱するよね‥‥こんな事言われても‥‥」 「‥‥ぃや‥‥」 それだけを何とか絞り出して、ハクはよろっと立ち上がった。 「とにかく‥‥休みなさい。今日の仕事はいいから」 「はい‥‥」 千裕が布団に戻るのを確認する事なく、ハクはそのまま部屋を出た。 銭婆に言われた時に分かったつもりではいた。 しかし千裕から‥‥千尋の言葉として聞かされると、思った以上に堪える。 あの少女は、千尋ではない。 その事実を受け入れなければならないのだ。 そして――――千裕はハクの事を何とも思っていない。 千裕はハッキリと言いきったのだ。 自分と千尋は違うと。 「‥‥結局、引きずられていたのは私だけ‥‥か」 ハクは上を見上げ、大きな溜息をついた。 |