翼はもうはばたかない
その27



















大切なものを 見失わない為に 私ができること





















二人の間が急速に変化していく。

最初はぎくしゃくした関係。

不穏だった時もあった。

だが、今は―――――



「ハク、仕事終わったみたいね」

帳簿をしまい片づけをしていたハクを、千裕が覗き込んできた。

「今終わったところだよ」

そう言いつつ立ち上がったハクの腕を、千裕が掴んでくる。

「‥‥千裕‥」

困ったように微笑むハクに、千裕はぴとっとくっついた。

「いーじゃない? みんな知ってるんだし」



はじめは千尋しか見ようとしなかったから分からなかった。

しかしこうして見ていくうち、千尋と同じところ、千尋と違うところが見えてきはじめていた。


思い立ったら考えるよりも先に体が動くところ

感受性が強くてすぐに泣いてしまうところ

心優しいところ


それは昔も今も変わっていない


そして

千尋が思っていてもなかなか口に出さずに押さえ込んでしまうタイプだったのに比べて、千裕はハッキリと口にする。

そういうところに千尋との違いが見えてくる。

しかし―――それは不快に感じる違いではなかった。




もう―――二度と失いたくない






二人が向かった場所は、橋のたもと。

仕事が終わった今は人影もなく、静まりかえっている。

ハクと千尋が、出会ったところだ。




「‥‥千裕」

「なに?」

ハクを拒絶していた時が嘘のように、千裕は明るくハクに問いかける。

この笑顔をずっと見ていたい。

「‥‥どうしたの? 私の顔に、何かついてる?」

「‥‥いや‥」

今考えても詮無きこと。

そのまま流してしまおうとハクは「何でもない」とさらっと答えた。

のだが。

「嘘。何でもないって顔じゃないよ? 何か悩みでしょ」

千裕は鋭くそこを突いて来る。

どうやら誤魔化す事は出来ないようだ。

ハクはふう‥と息をついて、口を開いた。

「‥‥いつまでこうやって、千裕と共にいられるだろう‥‥って思ってね」

「いつまで‥‥‥?」

それだけでは分からなかったようで、千裕はきょとんとしている。

「千裕は人間で、私は竜なのだから。私はまだ数百年は生きるが‥‥‥」

そこまで言われてようやく気がついたのか、千裕は「ああ‥‥」と言葉を濁した。


千裕は人間。

ハクは竜。

種族の違いはそのまま寿命の違い。

今回はたまたま記憶を抱いて生まれて来たが、次もそうとは限らない。


――――いや、そういう問題ではない。

自分が、ひとときでも千尋―――千裕という存在がいない状態に、たぶんもう耐えられないだろう。



「‥‥千裕」

「‥‥‥なに?」

「‥‥‥頼みがあるんだ」

ハクの翡翠色の瞳が千裕をじっと見つめている。

千裕はこくっ‥と息を呑んだ。

「あの時は――――私は千尋の事が何も分かっていなかった。自分の事しか考えられなかった‥‥それは今も変わっていないと思う。しかし――――それでも言わずにはいられない」

ざぁぁ‥‥っ‥と風がハクの髪をなびかせる。

「私と共に生きて欲しい。千裕と共に在りたいのだ」



このままではいられない。

永久という言葉は人間には無縁のもの。

永久という言葉を手に入れる為には、人である事を捨てなければならない。




「あの時、私は‥‥「千尋」はあなたの手をふりほどいてしまった」

そして、ずっとそれを後悔していた。

死の寸前まで。

「「私」はそれを覚えてる。千尋の後悔も、どれだけあなたを愛していたかということも――――」

千裕は胸をぎゅ‥と抑えた。

「だから、今度こそあなたの手を取りたい。今の私にはもう故郷も何も残っていないから」

「だったら‥‥」



「――――それは、できない相談だね、ハク」

ハクと千裕がはっ‥と振り返る。

そこには湯婆婆が立っていた。












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