翼はもうはばたかない
その30



















その時は着実にやってくる






















一月、二月は何も変わりはなかった。

昼過ぎに起きて用意を整え、そして仕事をし、仕事を終えた後に二人で話をする。

そんなごく当たり前の毎日が続いていく。

まるでこの年月が永遠に続くかのような錯覚さえ覚えさせるほどに。



しかしそれが錯覚であるのを思い出させるように、千裕は少しずつ衰弱していった。

そして半年を過ぎる頃には、千裕は他の皆と同じように仕事をする事が出来なくなっていた。

いくら働けなくなったからといって、余命幾ばくもない千裕を追い出すという事は、さすがの湯婆婆もしようとしなかった。





「大丈夫か?」

女部屋のすぐ隣の小さい小部屋に自分の部屋を与えられた千裕は、調子が悪い時はずっとそこで伏せっていた。

他のおねえさま達は滅多に千裕を見舞う事をしなかったが、リンは毎日顔を出し、千裕の世話を焼いていた。

「うん‥‥今日は、調子いいの」

「そっか。‥‥ほら、美味しそうな果物手に入れたからもって来たぞ。食えるか?」

リンの差し出した林檎を、千裕はそっと受け取った。

「ありがと‥‥ぅん、ちょっとだけ貰うね‥‥」

リンは林檎を受け取った千裕の腕に目をやり―――千裕に気取られないように視線を逸らした。




――――ちょっと前までは、あんなに元気だったのに。

その頃の姿は、見る影もない。

目の前の少女が「千尋」だった時の事まで思い出されて、ついつい目が熱くなってくる。

「じ、じゃあ‥‥オレはまだ仕事があるから。ちゃんと大人しく寝てるんだぞ?」

「うん」

リンがカタカタと音をたてて出ていくのを見送った後、千裕は再び横になった。






”千尋”が死んだ時も、こんな感じだった。

突然病に倒れ、動けなくなり、そして――――そのままこの世界から消えなくてはならなかった。

ハクに謝れないまま。ハクに気持ちを伝えられないまま。

「――――もしかしたら、そんな気持ちが‥‥記憶を持ったまま生まれてくる原因になったのかも‥‥しれない」

千裕のそんな言葉を聞く者は、誰もいなかった。








さて。

千裕がどんどん衰弱していくのを、ハクはただ見守っていただけではなかった。

何とか原因不明の病とも言えるその症状を治す手だてはないかと、あちこちを探し回っていた。

そうして得た答えは。

「魂の衰弱」

だった。


体ではなく魂が衰弱していくが為に、この世に留まれなくなっているのだと、文献は告げている。


「‥‥‥魂の衰弱‥?」

その文献を開いたまま、ハクはその言葉を繰り返した。




普通、魂は肉体に宿る事で次第に疲弊し、衰弱していく。

そして、死という状態を経て肉体を離れる事で、魂は安らぎを得、活力を取り戻す。

そうして再び肉体に宿るのだ。

しかし稀に、肉体を離れても魂が活力を取り戻せない場合がある。

疲弊した状態のまま魂が肉体に宿っても、その肉体は長く生きる事が出来ない。

再び死という状態を迎え肉体を離れ、また別の肉体に宿ったとしても結果は同じ事となる事が殆ど。

その原因は種々様々で、未だこれという根本的な原因が掴めていないのが現状である。




「‥‥どうして‥‥?」

どうして千尋の魂が、その様な状態に陥ってしまっているのだ?

少なくとも―――このままでは、千裕は後三月も保たないだろう。

その前に。

その前に何とかしなければ――――――


ハクはぎゅ‥‥と拳を握りしめた。




ハクの焦りは募る。

しかしそれとは裏腹に、時は無情に流れていく。

少し前までは体を起こす事が出来ていた千裕が、今はもう起きあがる事すら出来なくなっている。

一週間前くらいからは、食べ物も殆ど受け付けなくなった。



死が忍び寄っているのは、誰の目にも明白だった。














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