翼はもうはばたかない
その32
命は巡る 運命も巡る |
還る、という言葉だけが、ハクの精神をこちら側につなぎ止めている。 千尋がいつ還るのか、その目処もたたないまま――――時が過ぎた。 「‥‥ハク竜」 銭婆の言葉にハクが振り返る。 「はい‥‥何でしょう」 銭婆が湯屋に現れるのは珍しいことだ。 湯婆婆の手前あまり湯屋には来ないのだが、わざわざ足を延ばしてまでハクに会いに来たという事は――――。 「‥‥‥もしかして」 ハクは声がうわずるのを抑えられなかった。 「まぁ、判断するのは話を全て聞いてからにおし」 ついておいでと示して、銭婆が歩き出す。 ハクは胸を抑えて――――後をついていった。 ひと気のないところまでやって来て、銭婆がようやく振り返った。 「銭婆! 千尋が‥‥?」 ずっと待ち続けていた。 人間の世界では幾年が過ぎたか分からない――――そのくらい待ち続けた。 「‥‥‥‥‥ごらん」 銭婆の手の中で光が生まれる。 そして、その光の中に何かが見えてきた。 見えてきたのは――――丸くなって眠る、まだ10歳程度の少女。 その周りの景色から、どうやら銭婆の家らしい事が分かった。 姿は変わってはいるが――――ハクには分かった。 この少女が千尋だと。 「‥‥‥千尋‥!」 今すぐにでも千尋の元に行きたい。 そのハクの焦りが分かったのだろう。 銭婆は「まぁ待ちな」とハクを制した。 「‥‥‥この子は間違いなく千尋の生まれ変わりだ。あの時計台の前で倒れていたのを私が見つけてね、こうして家で保護してるんだよ」 「どうして会わせては貰えないのですか!?」 銭婆は自分が作り出した千尋の幻影に視線を向けた。 「この子は、もう余命幾ばくもないからだよ」 「‥‥えっ‥‥?」 まだ10歳くらいの千尋。 なのに、もう死ぬというのか? 「‥‥どうして‥‥どうしてですか!?」 ハクはそう言ってから、はっと気がついた。 昔、自分が調べたあの文献の内容を、唐突に思いだしたのだ。 「千尋の魂が‥‥衰弱している、から‥‥?」 銭婆は、頷いた。 |