翼はもうはばたかない
その33
想いが呪縛に変わっても―――― |
「生まれ変わるたびに、千尋の魂はどんどん弱ってきている。このままでは、生まれ変わるだけのエネルギーも失ってしまうだろ。‥‥だからこそ、あんたを呼んだんだよ」 銭婆の家。 ぴん‥と張りつめた空気に、千尋の看病をしていたカオナシはハクにその場所を譲り、自分の部屋に引っ込んでしまった。 そうして。 ハクは眠り続ける千尋を見下ろしていた。 湯屋に続くあの橋の上で再会した時と、同じ年齢になっている千尋。 対して自分は20歳の姿のまま、何百年も生き続けている。 そっ‥と千尋の頬を撫で、ハクは銭婆に振り返った。 「‥‥私に、何をしろと?」 「千尋が衰弱するのは、本来ならば全て消してしまう筈の記憶を、全て覚えているからだ」 何百年も前に「荻野千尋」として生きていた時の記憶。 「神原千裕」としての記憶。 普通ならば綺麗に忘れて、まっさらな状態で生まれて来る筈なのに、全て抱いて生まれて来ている。 「それだけお前の執着が強い‥‥という事だろうね」 「っ‥‥私のせいだと言うのですか!?」 つい声を荒げ、銭婆に怒鳴りつける。 そのとたん、「んん‥‥」と千尋が声を上げた。 「大きい声をあげるでないよ。千尋が起きちまう」 幸い眠りが深いのか、千尋がそれ以上起きる事はなかった。 それに少し安堵しつつも、ハクは声をひそめてもう一度同じ言葉を繰り返した。 「‥‥千尋の衰弱は、私のせいだと言うのですか?」 「それしか理由が見つからない」 「‥‥‥‥」 ハクは近くの椅子に腰を下ろした。 そのまま目を覆う。 「‥‥私は今まで千尋を想う事しか許されなかった。‥‥千尋のいない長い時も、ただ彼女を想う事だけが支えだった‥‥‥それすらも、許されないというのか?」 その問いに、銭婆は何も答えなかった。 「‥‥んん‥‥ふぁぁ‥‥」 千尋は小さくのびをして、起きあがった。 「おはよう‥‥千尋」 その声にはっと振り返ると、ハクが椅子に座って優しく見つめていた。 「‥‥おはよう、ハク。‥‥どうしてここにいるの?」 不思議そうにハクを見つめる表情が可愛くて、ハクは微笑んだ。 「銭婆に教えて貰ったんだよ。‥‥ああ、今の名前があるね‥‥今はなんて名前なんだぃ?」 「千尋でいいよ。ずっとそう呼ばれていたから」 そう言って微笑む千尋は――――10歳の表情ではなかった。 |