翼はもうはばたかない
その34
もう一度逢いたい |
それから暫くはとりとめのない話。 千尋が今までどうして来たか、ハクが今までどうして来たか、そんな事をとりとめもなく話した。 一番言わなくてはならない肝心の事には、触れずに。 2時間も話しただろうか。 「ハク」 唐突に、千尋がハクの名を呼んだ。 「‥‥私に、言わなきゃならない事が、あるんじゃない?」 「‥‥‥‥‥っ」 心の準備はしていた。 していたが、やはり突きつけられると動揺する。 「分かってるの。私が長く生きられないっていうのは。死ぬのは怖くないわ‥‥もう2度死んだ時の記憶が残ってるから。そんなに苦しくもなかったし。だけど‥‥」 「何故、千尋が記憶を持ったまま生まれ変わってくるのか‥‥という理由、だね。千尋が聞きたいのは‥‥」 千尋は口をつぐんで、頷きを返した。 暫く沈黙が続いた。 やがて。 「‥‥‥銭婆が言っていた。私の「想い」が千尋に悪影響を与えている、と」 ハクはそう、ぽつり‥‥と呟いた。 「悪影響‥‥‥?」 「私が‥‥千尋を縛り付けているのだ。自分の事を忘れられたくない、覚えておいて欲しいという想いがそなたの完全なる転生を妨げている。結果‥‥そなたには記憶を消す事が出来ず、それが魂の負担となって衰弱し続けているのだ」 そう。 本来ならば、まだ10歳の千尋がこんな事を言っても理解出来る筈がない。 全ては30近くまで生きた「荻野千尋」と20近くまで生きた「神原千裕」の記憶が、今の千尋の理解を助けている為である。 「‥‥方法は、あるの?」 「‥‥‥‥‥‥ある」 ハクは悲痛な面もちで答えた。 「そなたの記憶を全て消し、きちんとした転生に軌道を修正する事だ。そうすれば‥‥再び魂は活力を取り戻すだろう」 しかしそれは 千尋がハクの事を忘れてしまうということ。 もう一度会ったとしても、自分が誰だか分からなくなっているということ。 でも 「‥‥‥ねぇ、ハク。覚えてる? "私"が‥‥"千裕"が言った言葉」 突然の千尋の言葉に、ハクははっと顔を上げた。 「取り戻す事もやりなおす事も出来なくても、もう一度新たに作っていく事は出来る‥‥って」 にっこりと微笑んで、千尋はその小さい手でハクの手を握りしめた。 「私は人間だから‥‥他のものにはなれない。だけど、何度生まれ変わっても私はハクに恋をするわ」 普通ならたった一度しか出来ない出会いが、何度も出来るなんてステキじゃない? 千尋はそう言ってハクの手を握る手に力を込めた。 「永遠なんて何処にもないけど、でもだから今が大切だって思えるんじゃないかな。今しかない、と思えるから‥‥大切にしようって思うんじゃない? ハクだって‥‥何時かはこの世界から消える時が来る。私たちよりもそのサイクルが遥かに長いだけで‥‥」 永遠なんて何処にもない。 それはハクが痛いほど痛感して来たことだ。 「だから‥‥私はこのまま消えてしまうなんていや。たとえ記憶を失ってでもいいから、何度でもハクに会いたいの」 そう言い切った千尋は、ハクよりもずっと大人びて見えた。 ――――私はこのまま消えてしまうなんていや。たとえ記憶を失ってでもいいから、ハクに会いたい。 湯屋への帰り道、ハクはその言葉を何度も思い返していた。 自分は、ただ千尋と一緒にいる事しか考えていなかった。 千尋の言葉を聞いて――――永遠とも思える命を持ちながら、自分が本当に過去しか見ていない事に気づかされ、ハクは愕然としていた。 千尋はちゃんと自分自身と向き合っている。 なのに、自分はいつまで過去を追っているのだろう。 「永遠‥‥‥か」 ハクの言葉を聞く者は、いなかった。 |