翼はもうはばたかない
その37



















永遠は あるよ



























湯屋は年月がいくら流れようと変わらない。

いつかは終わりを告げるかもしれないが、とりあえず今は永遠と呼んでも構わないほどの寿命を、皆有しているのだから。

仕事に一区切りをつけた後、ハクは橋の上でぼんやりと電車を見つめていた。



千尋が逝ってしまってから、どのくらいの年月が過ぎただろう。

それを数えるのも飽きて、ハクはただ流されるだけの毎日を送っていた。



ギシ‥‥‥



板がきしむ音に、はっと振り返る。

そこには1人の少女が立っていた。




「‥‥そなた‥‥」

少女は、どう考えても人間の少女だ。

15をすぎたあたり、といったところか。

千尋が迷い込んで来て以来、人間が来る事などなかったのに。



「‥‥‥‥‥!」

いきなり、少女は口に手をあて、涙を流し始めた。

驚いたのはハクの方で、その少女をただ見つめるばかり。

どうしていきなりこの娘は泣き出したのだろう!?


「‥‥何で、懐かしいのかしら。初めて来た筈なのに‥‥」

少女の言葉は嗚咽に紛れ、最後は言葉にならなかった。

「あなたとも初めて会う筈なのに。懐かしいの‥‥何でかな‥‥」



記憶はなくなっても。

全て失ってしまう訳ではない。


―――――一度あった事は覚えているもの。思い出せないだけで。

記憶は失われても、彼女の魂が「湯屋にいた」事を忘れてしまう訳ではない。


それに、ようやく気がついた。






永遠とは、こんな形で続いていくものなのかもしれない。







「会った事があるんだよ‥‥きっとね」

ハクが少女に手を差し出す。

「‥‥良く、この湯屋に戻って来たね‥‥お帰り」

少女はその手を握りしめた。


「――――ただいま!」




END






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