桜の幻影
その8









「千尋!」

ハクの声に、千尋の視線がすっと向けられる。

千尋は川のほとりの草原に、一人いた。

「……ハク」

その言葉は千尋のものだった。

「千尋………解放された、のか?」

「うん。桜蘭はまだ私の中にいるんだけどね。……今色々とお話してたの」

「お話?」

千尋は自分の胸に手を当てて、目を閉じた。

「こうしてるとね、桜蘭の考える事が分かるの。……私たち、仲良くなれそうだよ」

同じ気持ちを抱いてるから――――とは、さすがの千尋も恥ずかしくて口には出せなかったが。

「しかし……一人の体に二つの精神が在るのは良くない。千尋の体が衰弱してしまうから」

「でも! そうしたら桜蘭は何処にも行くとこなくなっちゃうじゃない!」

反対に怒られて、ハクは思わず黙り込んでしまった。

それでも自分がどうして怒られなければならないのだろうと思いつつ、もう一度口を開く。

「し、しかし千尋……」

「しかしもかかしもないの!」

「まぁまぁ、お嬢さん」

翁が割って入り、千尋は自分が興奮していた事に気がついて口をつぐんだ。

「今は桜の精と同化している状態。そなたは優しい子じゃから、桜蘭の気持ちを直に感じてしまい、可哀想になって来ているのだろう」

「……………はい」

翁の言葉に千尋は素直に頷いた。

「しかし……一つの体に二つの精神が宿っていてもおかしくはない状態が、あるぞ」

「え?」

「…え?」

千尋とハクが同時に振り返り、翁を見据える。

「そんな状態が、あるんですか?」

「ある」

一体それはなんだろう。

顔を見合わせるも思いつかず、二人はもう一度翁を見た。

「……いったい、それは何なのですか…?」

翁は満足そうに微笑んだ。

「千尋。そなたが母となるのだ。母となって、もう一度桜蘭をこの世にヒトとして生み出すのじゃよ」












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