桜の幻影
その9










「そんなこと!!」

真っ先に反対したのはハクの方だった。

「千尋はまだ20歳にもなっていない子供です! その千尋が母になるなど……!」

「……いいよ、私」

千尋の方が素直にその意見を肯定し、ハクは千尋の肩を掴んだ。

「千尋。桜蘭はそなたにとっては見ず知らずの他人だ。どうして他人の為にそこまでする!?」

「他人じゃないよ」

千尋は自分の胸を押さえた。

「私も、桜蘭も………ハクの事が好きだもの。精神が同化してしまっているからかもしれないけど……他人事じゃないの。桜蘭に、幸せになって欲しいの」

桜の樹となっても、記憶をなくしてしまっても、自分を忘れてしまっても、ただ一途に想い続けていた桜蘭。

「彼女の想いは、私の想いなの……」

千尋が一度言い出したら聞かない性格なのは、ハクも良く知っている。

ハクは千尋の肩を掴んだまま、がっくりとうなだれた。

「……ごめんね、ハク」

「……謝るのは私の方だ。千尋がそこまで桜蘭を想ってくれているのならば、私も逃げる訳にはいくまい」

ハクは苦笑した。

「子には父が必要だろう? まさか未婚の母となるつもりじゃないだろうね?」

「……ハク……ありがとう!」

千尋はハクの首に手を回して抱きついた。

その千尋を抱きしめ、ハクは優しく背を撫でた。





「桜蘭」

千尋は自分の中にいるであろう桜蘭に向かって話しかけ、優しく胸を押さえた。

「待っててね。あなたに、もう一度ヒトとしての人生をプレゼントしてあげるから」

桜蘭はもう返事を返さない。

千尋自身では桜蘭が本当に自分の中にいるのかどうか、分からない。

ハクは「気配を奧から感じるから、千尋のなかで眠っているのだろう」と言っていたが。

「……ごめんね」

今ハクは隣の部屋にいる。

だから千尋の言葉は聞こえない。

「……私は優しくなんかないの」

ぎゅ…と自分の体を抱きしめる。

「あなたの気持ちを分かったのに……痛いほど理解出来るのに、でも……ハクは渡せないの」

だからこれはせめてもの、私の罪滅ぼし。

私とハクの血を引き継ぐその体を、あなたにあげる。

それが私に出来るたった一つの罪滅ぼし―――――



「千尋」

名を呼ばれ、千尋ははっと振り返った。

ハクが立っている。

ハクは千尋の傍まで来ると優しく抱きしめ、そっと唇にキスを落とした。

「千尋………愛している」


その言葉を、桜蘭は何処かで聞いているだろうか。














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