カエリタイ
その3
トンネルは思ったほどに長くはなかった。 今は夜の為かますます薄暗く、自分の体すら見えない有様。 それでも千尋は、ただただ前だけを見てしっかりと歩いていく。 そうすると、見覚えのある場所が見えて来た。 駅の待合室のようなベンチが並ぶ広場。 「‥‥戻って来たんだ‥‥」 はやる気持ちをおさえつつ、微かな光が見える方向へと歩いて行く。 外に月が出ているのか、出口からは青白い光が射し込んでいた。 出口をくぐる。 「わぁ‥‥」 そこには、あの時と同じ草原が広がっていた。 もう湯屋が閉まる時間なのか、人工的な光は見えない。 「そう‥‥ここを昇っていけば、川が見える筈」 10歳の時の記憶を頼りに歩いて行く。 草原を登り切れば、あの食堂街が見えてくる筈だ。 「あ‥‥あれ?」 草原を登り切った千尋が目にしたものは、何処までも続く草原だった。 「おかしいな‥‥」 と振り返れば、時計台が下の方に見える。 方向に間違いはない筈なのに。 「夜だから見えないのかな‥‥」 昼にくれば良かった。 そう思いつつ草原の中に足を踏み入れる。 このまま歩けば、きっと湯屋にたどり着く筈だから。 どのくらい歩いただろう。 きっと30分以上は歩いている。 なのに光はおろか、家、石像の一つも見えない。 おかしい。 昔、そんなに歩いた覚えはないのに。 だんだんと千尋は不安になって、胸を押さえた。 「‥‥いったん、戻ろうかな」 お昼になってからもう一度くれば、きっと分かる。 あの時は昼間だったから、今とは見え方が違ってるんだ、きっと。 無理矢理そう自分に思いこませて、千尋はくるりと回れ右をした。 |