記憶の向こうに
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「よっ、ハク! あんたようやく千の所にいくんだって?」 リンが話しかけてくる。 口は悪いが姉御肌のリン 彼女に千尋を任せて正解だった リンは実によく千尋を助け、庇ってくれた 「ああ。長い間、世話になった。‥‥本当に、ありがとう」 嫌みでも何でもなく、本心からそう思って、リンに頭を下げる。 「な、なんだよ‥‥ハクらしくもない」 リンの方が慌てて変な顔をしている。 「千に逢ったらよろしく言っといてくれよな。あの子がここに来るこたぁもうねぇだろうしさ」 「ああ、わかった」 「それと、釜爺のとこにも顔出しとけよ。千の事気にしてたからな」 私は頷いて、ボイラー室へと歩いていった。 ボイラー室では、相変わらず釜爺とススワタリたちが働いていた。 が――――もう1人、珍客がいた。 ススワタリたちと戯れる、ネズミ。 坊が遊びに来ているのか。 「ん。もう行っちまうのか」 釜爺はすべてお見通しだったようで、私の姿を見たとたんそう話しかけてきた。 「はい。おじいさんにはお世話になりました‥‥感謝しています」 「いいってことよ。あんたとあの娘っこのおかげで、湯婆婆も少し変わったようだしな。坊もこうしてほれ、楽しそうに遊べるようになった」 ススワタリと遊んでいる坊 千尋と出会ってから変わったのは、私だけではない 「‥‥行くのか? ハク」 はっと気づけば、坊は元の姿に戻って私を見下ろしていた。 「はい」 「千の元に行くのか?」 「はい」 「坊も行く」 坊が千尋に逢いたがっているのはわかっていた でも こればかりはいくら湯婆婆でもかなえられない、願い まだ幼く、湯婆婆の庇護する世界以外を見た事のない坊 千尋の世界に行っても、生きていく事は出来ない そして 私が許せない 湯婆婆が許すとか許さないとかでなく 誰にも、渡したくない やっと見つけた、たった一つの私の故郷 私の名を呼んでくれた、私の川を 「坊は無理だな。働けねぇようなヤツがあの娘っこの所にいっても迷惑かけるだけだ」 釜爺が働く手をとめて坊に言う。 「坊は千に会いたいぞ」 「だったら坊も早く大人になるこった。ハクから千を奪えるくらいの度胸と知恵を身につけてからだな」 「おじいさん!!」 坊になんて事を吹き込んでるんですか!! 焦って釜爺に訴えると、釜爺は高笑いして私の背中をばしばしと叩いた。 「おめぇも千に想われてるからってのうのうとしてちゃ足元すくわれるってこった。気ィつけるんだな」 釜爺の達観した物言いに、私は何も言い返せなかった。 いくら竜とはいえど、私はまだまだ子供でしかない 自分の感情をコントロール出来ない。 ようやく手に出来るかもしれないと思う大切なものを、また奪われるのかと思うと全身の血が逆流する。 「そんなに殺気だつこたぁねぇ。そんなに大切ならちゃんと守ってやりゃええだけだ」 私はようやく息をついて―――――ぺこりと頭を下げた。 「――――ありがとうございます。‥‥いってきます」 「おお、千によろしくな」 「絶対に、千に会いに行くからな!」 そんな声を背に、私は歩き出した。 |