かごめかごめ
その4









通勤や登校をする人たちで道がごった返す頃。

千尋はようやくその洋館の場所を聞きだしていた。

「‥‥薔薇の館に行くのかい?」

薔薇の館があるというのは、今千尋の目の前にある森の中。

森の入り口近くに住む人に洋館の場所を聞くと、その人はあからさまに眉をひそめた。

「君のような女の子が行く場所じゃないよ」

「‥‥でも‥‥行かなきゃならないんです」

その人は中に入ってはいけないよと念押しをしながらも、洋館への道を教えてくれた。


「20年くらい前までは人が住んでいたんだけど、今は誰も住んでいない屋敷でね。赤い屋根の荒れ果てた屋敷だからすぐにわかる」

「ありがとうございます!」

ぺこっとお辞儀をして行こうとした千尋をその人は呼び止めた。

「でも何をしに行くんだい‥‥あの薔薇の館には色々噂があるんだよ。その屋敷に人が住まなくなったのもあの事件があったからだし‥‥」

「事件?」

「20年ほど前に殺人事件があったらしいよ。詳しい事は知らないけどね」

千尋はごくっ‥‥と息をのんだ。










緑。

緑。

何処まで行っても、緑ばかり。

延々と続く緑に、いい加減うんざりしてきた頃。

千尋の目に――――突然赤い色が飛び込んで来た。





そこだけ木々が人為的に刈られ、広場のようになっていて

赤黒く染まった重厚なコンクリートの壁とさび付いた鉄格子の向こうに、屋根が見える。

真紅の色の屋根。





今まで文明社会の中にいた筈なのに。

この森を歩いてきている間に何処か別の世界へとトリップしてしまったかのよう。


そして千尋は、その洋館から目が離せなかった。


まるで―――――

「‥‥油屋‥‥みたい‥‥」





一瞬あの時間に引き戻されるような心地さえして

眩暈がする






千尋はぶんぶんと首を振った。

「‥‥頑張らなきゃ」

さび付いた鉄の門を力任せにこじ開けて中へと入る。


門の中は、荒れ果てた広い庭と、これまた荒れ果てたひとけのない洋館とがあるだけで。

千尋の他に動くモノの姿はなかった。

「‥‥ここに‥‥ハクが‥‥?」

このまま回れ右して帰りたい気持ちを何とか押さえつけ、玄関へと歩いて行く。

近づくにつれて、洋館の壁に何かがはうようにくっついているのが分かる。

「‥‥薔薇‥」

枯れた薔薇の蔓が、壁をまるで模様のように伝っている。

この館に人が住んでいた時には、あの赤い屋根に似合う赤い薔薇が咲き誇っていたのだろう。

この館が薔薇の館と呼ばれる意味を理解して―――何故か背筋が凍るような心地がした。

「‥‥?」

よくよく見ると、何輪か咲いているのがある。

真紅の薔薇。

まるで―――――人の血のような、赤。





本能が「ここにいては危険だ」と察している。

――――それでも、歩いていかなければならない。

一歩一歩、少しずつ近づいていった千尋は――――ようやく玄関へとたどり着いた。







躊躇しつつもコンコン、と扉をノックする。

「あのぅ‥‥こんにちは‥‥」

返事が返る筈もないとわかっていてやってみたのだが―――やはり返事はない。

意を決してぐっと扉を引っ張ると、扉は思ったよりも簡単に開いた。

中を覗き込んでも、外の方が明るい為によく見えない。





――――ハクを探さなきゃ‥‥。

千尋はすぅ、と息を吸い込むと―――中へと入っていった。



先ほど千尋が開けっ放しにしていた筈の鉄の門はいつの間にか固く閉じられ。

今千尋が開けた玄関の扉も、千尋が中に入るに合わせてゆっくりと閉じられていった。











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