かごめかごめ
その8
かごのなかのとりは いついつでやる―――――― 千尋はがばっと身を起こした。 「‥‥‥夢‥?」 耳元で誰かが歌を歌っていた。 綺麗な声で――――遠く、近く、優しく。 暫くぼーっとしていた千尋は、今自分がどんな状況に置かれているのかを思い出して、慌てて辺りを見回した。 「やだ‥‥私、眠っていたの?」 固くしめられた窓の外は、薄暗い。 もう夕方が来ているに違いなかった。 「ハクを‥‥探さなきゃ」 こんな緊迫した状態でぐっすり眠れる自分を情けなく思いつつ、千尋は手短に髪を直そうと壁にかけてある姿見の鏡に近づいた。 鏡には千尋の姿が映っている。 けど、何か違う。 「‥‥‥っ!!」 はっと振り返っても誰もいない。 なのに。 鏡の中の千尋の後ろに―――――少年の姿が映し出されていた。 「きっ‥‥」 『こわがらないで』 優しく少年は―――出来るだけ千尋を怖がらせないように、と配慮してだろう、穏やかに話しかけてくる。 「あ、あなた‥‥」 年の頃は10代半ばだろうか―――――自分と同じくらいの年齢に見える。 優しい雰囲気を持つ少年からは、少なくともあの亡霊から感じたような怖いものはない。 優しい表情で見つめているその少年に、千尋はちょっと力を抜いた。 『ハクというのは‥‥主様のこと?』 ヌシ様? 「主様って‥‥」 『河の化身の事を主様と呼ぶんだよ。あなたがハクと呼んでいる方は、ヒトではないのだろう?』 「そう‥‥だけど‥‥」 人ではない。 分かってはいたけど、改めて言われると意識する。 ハクが人ではないと言うこと。 「ハクを知っているの? ハクは何処にいるの?」 鏡に手を沿わせそう訴えると、少年は哀しそうにうつむいた。 『貴女はそこに行ってはダメだ。主様が危険に晒される』 「なんで!? そ、そりゃ私には何の力もないけど、でも‥‥」 千尋の言葉に少年は首を横にふるばかり。 『このまま屋敷の中を彷徨っていたら絶対に捕まってしまう。そうすれば主様がもっと危険になる‥‥あなたはここにいてほしい。ここなら、安全だから』 すぅ‥っと少年の姿が透けていく。 「待って!! ハクは何処!?」 『ここから出てはいけないよ。あなたが動いたら、事態はよけいに悪くなるから‥‥』 その言葉を最後に少年の姿は消えた。 はっと振り返ってみても、何処にも姿はなかった。 私が、ハクを危険に晒す? じゃあ、どうしてハクは私を呼んだの? そこまで考えて、千尋ははっとある可能性に思い当たった。 私の家に現れたハクも―――もしかしたら偽物だったんだろうか? 動かない方が、ハクの為。 ここで待っていれば、あの幽霊の男の子が何とかしてくれる。 動かない方が、いいんだ。 ベッドに座り込んだ千尋はじっとしていたが―――――やがてがばっと立ち上がった。 「‥‥‥やっぱり、じっとなんてしてらんない」 今できることをしよう。 悩むのはそれから! すう‥‥と息を吸い込み、千尋は勢いよく扉を開けて廊下に飛び出した。 |