かごめかごめ
その10
「きゃあ!!」 自分の方に向かって花瓶が飛んできたのに気づき、慌ててしゃがみ込む。 「千尋をとらえるつもりだ‥‥‥早く、春日!」 『は、はい!』 春日が千尋を促しているのが気配でわかる。 が。 「ハクは‥‥ハクはどうするの!? そこから動けないんでしょ!?」 千尋を気遣うように見ているものの、ハクはそこから一歩も動いていない。 動けない。 どうしてかはわからないが、ハクはその場に縛り付けられているのだ。 「イヤだよ、ハクを置いていけないよ!」 「千尋‥‥‥」 ハクは泣きそうな顔で千尋を見つめている。 「頼む‥‥‥千尋に傷ついて欲しくないんだ。私は大丈夫だから‥‥」 『――――お願いだ‥‥‥これ以上主様を困らせないでほしい』 春日とハクの二人がかりで説得されては、千尋も「うん」と頷くを得ない。 今の自分に出来る事は何もない。 ただここから逃げる事以外は。 「‥‥分かった‥‥分かったから、無事でいて、ね?」 何にも出来ない。 悔しい。 何かしてあげたいのに、何かしようとすればするほどハクが苦しむなんて。 ――――出来るよ。 今耳元で聞こえた声は、春日のものではなかった。 『那衣!?』 春日の焦った声が聞こえ――――千尋は慌てて辺りを見回した。 千尋の目には何も見えない。 でも、確かに耳には聞こえる。 春日と、那衣の二人の声が。 ――――私の邪魔をするのね。 ――――もうやめよう! こんな事は。 ――――嫌よ。もうすぐ‥‥もうすぐなのに‥‥諦めたりしないわ。 「‥‥何なの? ねぇ、那衣さんて‥‥どうして、ハクをとらえたの?」 千尋の問いかけに、唐突に声がやんだ。 ややして ――――そう。あなたの力が必要なんだ‥‥ 那衣が囁いてくる。 優しく、でも何処か冷たい響きで。 よからぬ事だ―――と分かってはいるけど。 「千尋っ!」 ハクが、叫んでいる。 ――――あなたでも簡単に出来る事よ。 ――――ダメだ、千尋さん! この部屋からすぐに出るんだ!! 二人の声が交錯する。 千尋は、動けなかった。 何かに囚われたように、手足が動かない。 ――――そう、良い子ね‥‥‥。 すう‥‥っと、千尋の目の前に――――あの亡霊が実体化した。 「千尋ッ!!」 逃げなきゃと思うのに、千尋の体は全く反応しない。 動かない。 ――――あなたに出来る事‥‥‥それは、私に命を捧げることだよ。 亡霊の筈なのに、千尋の首筋に氷のように冷たい指先が触れた。 突然ごぉぉぉっ‥という、凄まじい風が起こり、千尋の髪をなぶる。 亡霊が――――那衣が、千尋からその背後に視線を向けた。 ――――おお‥‥やはり。やはり考えた通りだった‥‥!! 床に六芒星の魔法陣が浮かび上がる。 壁にも 天井にも 無数の魔法陣が浮かび上がり―――青白い光を放つ。 そしてひときわ明るい光が―――ハクを包み込んでいた。 彼の足下に浮かび上がる魔法陣が、直視できないほどの光を放っている。 風は――――ハクから起こっていた。 「‥‥千尋に‥‥触れるな‥‥!!!」 その瞬間、ハクの足下の魔法陣が砕け散り、那衣を光が包み込んだ。 ――――やがて 「‥‥い、今の‥‥ナニ?」 あまりのまぶしさに視界を失った千尋が、ようやく回復した目を瞬かせてあたりを見回す。 「‥‥千尋‥」 すぐ近くから聞こえた声に千尋ははっと視線を向けた。 ハクが―――立っていた。 |