かごめかごめ
その13
窓のすぐ向こうに青い膜が張られているのが見える。 さっき、ハクが閉じこめられていた魔法陣と同じ色の膜。 透明でキラキラしていて――――それでいて何処か禍々しい。 「‥‥籠目だ‥‥!!」 そういうが早いか今度は部屋の扉へ走っていって扉をあけようとするハクに、千尋は慌てて飛びついた。 「ダメよっ!! 外に出たらダメ!!」 「離すんだ、千尋!」 「ダメ!! 絶対に離さないっ!!」 「早くしなければ、屋敷自体が取り込まれる!!」 それまでハクの腕にしがみついていた千尋は、えっ‥とハクの顔を見上げた。 「埒があかないと思ったんだろう‥‥那衣は、この屋敷ごと取り込んでしまうつもりだ」 屋敷ごと? 「屋敷ごとって‥‥」 「屋敷のまわりにあの六芒星の魔法陣を張ったんだ‥‥このまま”夜明けの晩”を迎えてしまったら‥‥千尋も私も、春日も皆力を奪われて地獄に引きずり込まれてしまう」 かごめ かごめ かごのなかのとりは‥‥ 「今私たちは、”かごめ”の歌‥呪歌に囚われているんだ」 「ジュカ?」 「呪歌。その歌の通りに実行されれば――――願いが叶う」 「でもかごめって‥‥てっきり童歌とばかり‥‥」 「普通の人間が歌うには全く問題はない。問題になるのは‥‥力ある者がその呪歌を使い願掛けをした時だ」 どんどん、と扉を叩くもびくともしない。 『暁までは後2時間くらいです!』 春日の声にハクはぎりっと歯がみした。 「2時間‥‥‥!」 訳が分からない千尋は、ただハクのする事をオロオロと見つめるばかり。 見かねたらしい春日が簡単に説明をしてくれた。 籠目とはあの魔法陣のこと。 元々籠とは霊的なものを入れる呪具であり、竹で編んだその編み目がちょうど六角形の形になるのだという。 その力で悪しきものを遠ざける意味合いがあったというが、同時に悪しきものを封じ込めるための呪具にもその籠目が使われていたらしい。 その形を形作った六芒星の魔法陣を「籠」に見立て―――力あるものを「籠目」で封じ込める。 それはたとえ神であっても抗えないもの。 ハクはそれを無理矢理内部から破った為に、酷く消耗してしまったのだ。 そして籠の中の鳥――――つまり今は自分たちの事。 鶴と亀というのはどちらも神聖なるものとしてあがめられるもので‥‥鶴は天を、亀は地を現している。それが滑るというのは不吉な事が起こるという現れらしい。 「夜明けの晩て‥‥‥不思議な言い方だけど、どういう意味?」 『それは――――』 春日が答えようとした瞬間、窓ガラスがけたたましい音をたてて砕け散った。 「きゃああ!!」 ガラスの破片が千尋に降り注ぐ――――かに見えたが、寸前で全て千尋を避け、破片はぱらぱらと床に落ちていった。 「千尋、窓に近づくな!!」 「う、うんっ‥」 『千尋さん、大丈夫?』 春日の声が心配そうに語りかけてくる。 「うん、平気‥‥‥今のも‥那衣さんの力?」 『たぶん。夜明けの晩―――つまり、暁の事なんだけど、その時までこちらの反撃を出来るだけ封じるつもりなんだと思う』 暁。 つまり―――夜明け寸前の時間。 その時間が来たら――――― 「‥‥死ぬの?」 自分でその言葉を口に出して―――千尋は体を震わせた。 死ぬの? 私たち‥‥ 「死なない。‥‥千尋は私が死なせない」 ハクが千尋をきっと見据えて、そうはっきりと断言する。 悲壮なまでの決意に、千尋はきゅ‥と胸を押さえた。 「それはハクも一緒よ? 私だけが帰るなんて‥‥イヤだからね?」 「千尋‥‥」 「約束して」 ハクは少し息をついて―――苦笑して頷いた。 「分かった、約束する。‥‥だからそんなに怖い顔しないで」 そんな二人を春日は見つめていた。 一抹の寂しさを抱えて―――――― 「私たちに勝ち目があるとすれば―――暁までだ。それまでに那衣自身を探しだし、この籠目を破るしかない」 「破るって―――どうするの? まさか‥‥」 ハクは首を横に振った。 「ここまで巨大な封印は―――今の私では無理だ。外からならばともかく、内部から破るのはほぼ不可能だと思っていいと思う」 「じゃどうやって‥‥‥」 「那衣に術を解かせる―――若しくは、那衣自身を消滅させる‥‥しかない。依代を失った力はあるべき所に戻るしかなくなるから‥‥この封印も解ける。その可能性にかけるしかない」 「消滅‥‥‥」 ハクに分からないように、千尋は息をついた。 ハクだって分かってる筈。 春日の為にも――――本当は那衣は消滅させたくなんかない。 けど。 那衣を殺さなければ私たちが死ぬ――――それもまた事実。 『‥たぶん那衣は、さっきまで主様がいたあの部屋にとどまっていると思います。あそこが最初に儀式を行った場所ですから‥‥一番力が強く働く場所なんです』 「そこに行くしかないか‥‥」 『はい‥‥危険ですけども』 ハクは扉の外をうかがうように耳をつけ―――そして千尋に振り返った。 「千尋‥‥危険だと思うけど、私から離れないで」 絶対に千尋を守るから。 ハクの言葉の裏にあるその感情をくみ取って―――千尋は「うん!」と頷いた。 ハクが私を守ってくれると言ってくれたように――――私もハクを守ってあげるから。 |