かごめかごめ
その14
廊下に出ると―――さっきまではまだ「ヒトの住む空間」を映しだしていた筈のそこが、禍々しいものに変化していた。 なんの力ももたない千尋にすら分かる。 ここは―――ヒトの住むところではない。 『―――この空間が地獄に変わりつつあるんだ‥‥』 脳裏に聞こえる春日の声が震えているのは、決して気のせいじゃない。 かごの中の鳥は‥‥‥ いついつでやる‥‥ 「千尋?」 千尋は後ろを振り返っていた。 声が聞こえる。 「誰か歌ってる‥‥‥」 「え?」 ハクが不思議そうな顔をしている。 「ハクには聞こえないの?」 『僕にも聞こえない‥‥』 「私にしか聞こえないの?」 力を持っている筈のハクと春日に聞こえずに、私にしか聞こえない? でも、あんなにはっきりと‥‥‥ 「しっ!」 物思いに耽っていた千尋を引き戻したのは、ハクの声だった。 部屋の前に、黒い霧のようなものが漂っている。 「‥‥入らせないつもりだな」 ハクの指が空中に模様を描き出す。 指のあとに残る軌跡は―――五芒星。 「闇の名において、そなたを呪縛せん」 その軌跡が霧を呪縛し絡め取っていく。 「少ししか保たない。早く!」 「う、うん‥‥」 ハクに促されるまま部屋に入る前に千尋はちらっとそちらを振り返った。 キラキラと輝く光の呪縛。 あれがハクの力の片鱗。 簡単にこんな事をしてしまうハクの力を持ってしてもどうにも出来ないかもしれないなんて。 ――――このままじゃ私は足手まといなだけだ‥‥。 さっきハクがいた時にはまだヒトの住む部屋の片鱗を残していた筈なのに。 今やそこは別の空間へと形を変えつつあった。 あたりは黒い霧に覆われ、遠近感のない空間へと変貌している。 かぁごめ かごめ‥‥ さっきから聞こえている声が、この部屋に入ったとたんにはっきりと聞こえるようになった。 『‥‥‥那衣の声だ‥‥!』 ここに至ってハクや春日にも聞こえるようになったらしく、しきりとあたりを見回している。 「ずっと呪歌を歌って、術を強めているのか‥‥!」 上を見上げた千尋は思わず息をのんだ。 この部屋を この空間を 私たちを包み込むように手をさしのべて 涙を流しながら少女が歌を歌っている 「那衣‥‥さんっ!!」 かごのなかのとりは‥‥いついつでやる よあけのばんに‥‥つるとかめがすべった‥‥‥ ‥‥かぁごめ‥かごめ‥‥ 「‥‥‥!?」 おかしい。 歌が‥‥リフレインしている? つるとかめがすべった‥‥‥そのあとは? そこまで考えて、千尋はそのあとが思い出せなくなっているのに気がついた。 「つるとかめがすべった‥‥そのあと‥‥?」 「春日、千尋を頼む!!」 ハクが両手に光を生み出し、光球を打ち出す。 それは霧にあたるとぱぁっと四散してしまった。 『千尋さん、ここは危ないから隅に!』 春日の声に後ずさる。 しかし 目の前で繰り広げられている戦いを、千尋の瞳は映していなかった。 「一番最後‥‥一番最後の歌詞‥‥言葉‥‥」 思い出せない。 それさえ思い出せれば 歌はずっと続いている。 つるとかめがすべった そのあとはまた再び最初の「かごめかごめ」に戻ってしまう。 思い出せない。 |