ミエナイココロ
3
朝早起きして。 さすがに6時に森―――は無理だったが、朝7時には千尋はもう森にいた。 「ハクー! おはよう、ハク!」 森に千尋の声がこだまする。 こうやって呼びかければ、ハクはいつも返事をしてくれていた。 しかし 返事はない。 「‥‥あれ?」 ハクがいない。 そう頭が認識したとたん、さぁっと全身の血の気がひいた。 「ハク‥‥?」 震える声であたりに呼びかけ、森の奥に入っていく。 返事は―――やはり帰ってこない。 「どこ? ねぇ、返事して」 ざぁぁっ‥‥と、風が千尋の髪をなぶる。 湿気を含んだ風。 そういえば天気予報では、雨が降るかもしれないといっていた。 「ハクってば!!!」 最後は涙声になって訴えても、ハクからの返事は戻らなかった。 「どぉして‥‥? わたしが、わたしが‥‥素直じゃなかったから?」 だから、帰っちゃった? 呆然と立ちつくす千尋に追い打ちをかけるように、雨がぽつぽつと降り出す。 その雨が大降りになっても、千尋はそこに立ちつくしていた。 雨は、やまない。 今日一日は降り続けるだろうという予報は大当たりで、学校の校門では色とりどりの傘の花が咲いていた。 その校門で傘もささずに立っている少年が1人。 全身が濡れていてもそれにかまう事なく、ただ校門に立って道路の方を見つめている。 誰かを待つように。 「あれ、あなた‥‥」 そう話しかけられて、振り返る。 「え、と。確か千尋と一緒にいた人だよね?」 そっと傘が差し出され――――ハクはその傘を不思議そうに受け取った。 「ああ、あたしは大丈夫。もう一本傘持ってるから。ずぶぬれじゃない」 「―――そなたは‥‥」 「ささめ。篠目彩花。千尋の友達なの」 そう言って彩花は、にこっと笑った。 「千尋と一緒じゃなかったの?」 まだ始業のチャイムまでは時間があるのもあって、彩花はハクを校門からちょっと離れた場所に連れ出していた。 部外者であるハクが校門の辺りをウロウロしていて、また昨日みたいな騒ぎになったら今度こそ職員会議ものだろう。 「いや‥‥来るかと思って待っていたんだけど」 「ふぅん‥‥まぁ始業のチャイムまではまだ時間あるから、もうちょっと待ってみてもいいかもしれないけど」 さっきから、ハクにはずっと嫌な予感がつきまとっていた。 寝坊した―――だけならいいのだが。 「待つならここで待った方がいいよ。校門だと目立つし‥‥‥うちの学校、部外者にはうるさいから」 「あ‥‥ありがとう」 彩花はどういたしまして、と笑顔で応えると歩き出した。 その傘は千尋にでも預けといてね、と付け足して。 その後ろ姿を見送り、ハクは視線を再び千尋が来るであろう方向に向けた。 千尋はまだ来ない。 ――――おかしい。 ――――何かあったとしか思えない。 昨日からの不安が、だんだんと心を侵食していく。 気配を探るも、千尋は昔異世界のものを食したせいか、他の人間と少し気配が違っている。 人間でありながらその気は精々たちと少し似ていて、銭婆のくれた髪留めを欠かさずずっと身につけているためか、気配が複雑に絡み合っている。 そのためにハクでも気配を探るのは少し厄介なのだ。 ハクがこの世界にまだなじんでいないのもあるし、心乱れていて精神集中がうまく出来ないのもあるだろう。 それほど、ハクは焦っていた。 リ―――ン‥‥ゴ―――――ン‥‥‥ はっと振り返ると、後ろで学校のチャイムが始業の合図を打ち鳴らしていた。 その合図が――――まるで昔、まだ川の主だった頃に聞いた近くの教会の弔いの鐘のように聞こえる。 限界だった。 ハクはその場で竜に変化すると、一気に宙へと舞い上がった。 たまたま居合わせた女子校生が何事かと立ちつくしていたが、それにもかまわず空を舞う。 行く先は――――千尋の家。 千尋は、その近くにいるはずだった。 家の中の気配を探るが、千尋の母と思われる人の気配しかない。 ―――――ここにはいない! 気が狂いそうな焦燥感に煽られつつ、ハクは次に千尋が行きそうな場所を考えた。 あのトンネルのある森。 千尋がいるとすれば、もうそこしかない。 祈るような気持ちで、ハクはその場所へと向かった。 |