神の花嫁
〜Sacrifice〜
その9
―――――誰かが、呼んでる。 「‥‥ん‥‥千‥!」 セン? センて‥‥誰だっけ? 千尋は重い瞼をあけた。 「ああ、良かった‥‥‥もう目覚めないかと思ったぞ、千!!」 リンが――――あの勝ち気なリンが、瞳を潤ませている。 千尋はキョトンとして辺りを見回した。 他の従業員も千尋をのぞき込んでいる。 ―――――ハクはいない。 「わたし‥‥‥?」 「倒れたまんま、全然目覚めなかったんだ。もう3日も眠り続けてたんだぞ?」 みっか。 3日!? 千尋はがばっと起きあがって――――あまりの虚脱感に倒れかかった。 「おい、大丈夫か!?」 リンに支えられ、千尋は何とか「大丈夫」と返した。 体がひどく弱っている。 自分では体を支えることができないくらいに。 でも。 ちょっと眠りについたはずが、3日も目覚めなかったなんて。 ハクの試練の期限は明日だ。 もう、明日一日しか残されてない。 私の記憶はどうなったんだろう。 「ハクは‥‥ハクはどこ‥‥?」 リンが何か言おうとしたとき 「私はここにいる」 従業員たちがざぁぁ‥‥っと道を作り、ハクが姿を現した。 「千と二人だけで話がしたい」 そう言って頭を下げたハクにただならぬものを感じたのか。 リンも素直にハクに席を譲って部屋を出ていった。 千尋は浅く息をつきつつ、自分を支えているハクに身を任せた。 正直、目を開けているのも辛い。 深く息が吸い込めない。 こうしている間にも 急速に 失われていく力 その力はいったいどこに? ぽつん‥‥と頬に冷たいものを感じて、千尋は視線をハクに向けた。 「―――――ハ‥ク?」 ハクが、泣いている ただ静かに、その翠の瞳から滴が落ちて 千尋の頬をぬらしていく どうして? その言葉を紡ぐのも辛くて、千尋はただハクを見上げた。 「すまない‥‥すまない、千尋‥‥」 ハクは千尋を抱きしめて嗚咽するばかり。 「‥‥ハ‥‥ク‥‥」 どうしてハクが謝るの? 千尋は何とか腕を動かして――――そっと、ハクの髪を撫でた。 大丈夫だから。 私、平気だから。 そんな思いをこめて、ハクの髪をすくう。 ややして、ハクは千尋を押し戻した。 その表情には――――さっきまでなかったある種の決意が宿っていた。 決して明るくはない表情が、千尋の不安をかきたてる。 「千尋‥‥すぐによくなるから」 そういうとハクは千尋の顎に指をかけて上を向かせると、そのまま唇を重ねて来た。 「‥‥!」 触れた唇が熱い。 なにかが 流れ込んでくる 自分の中に満ちる 「‥‥んっ‥」 きゅ‥‥とハクの腕に力がこもる より深く重ねられる唇に、あらがうすべはない。 目眩がするような逆流に、千尋はハクの腕にすがりついた。 「‥‥は‥‥」 千尋はようやく与えられた酸素を吸い込もうと何度も深呼吸を繰り返した。 そして 気がついた。 さっきまでの気怠さや体調の悪さがかなり薄らいでいることに。 「――――私の生気を千尋に分けた。これで後2日は保つはずだ」 「保つ?」 生気を取り戻した千尋とは反対に、ハクの表情は青ざめていた。 元々の白い顔が、今は病的なまでの白さになっている。 「ハク‥‥‥どうしたのいったい‥‥?」 ハクは千尋の腕を掴んだ。 「‥‥時間がない。一度しか言わないからよくお聞き」 「――――――え?」 千尋は我が耳を疑った。 「なんて‥‥なんて言ったの? え?」 うそ。 うそだよね? うそだよね!? ハクは儚げに微笑んだ。 「‥‥私が生きていると、千尋が死ぬんだよ。だから、もう一緒にはいられない」 |