神の花嫁
〜Sacrifice〜
その10
ハクは、千尋にもわかるように優しい言葉を選んで説明をしてくれた。 だから理解出来ない訳じゃない。 でも 理解したくない。 記憶なんかなくてもわかる。 目の前の人がただ一人の大切な人だってことは。 「なんで、なんでハクがいると私が死ぬの‥‥そんなことありっこないじゃない!!」 「千尋、わかっているはずだよ」 静かなハクの声は、全てを受け入れて諦めているようでもあった。 「この湯屋に来てからの千尋は、どんどん生気をなくし弱っていった。なぜだと思う?」 千尋はただ涙を流して首をふるばかり。 「私が――――千尋の命を食らっているからだよ。望むと望まざるとに関わらず」 ―――――神と人間との恋は、うまくいかない。 一つ目は種族が違うから 二つ目は寿命が違いすぎるから 三つ目は 三つ目は 神がその人間の命を食らいつくすから 「愛せば愛するほど、私は千尋を食らいつくしていく‥‥千尋が、私を愛せば愛するほど、千尋は自分の命を私に捧げているんだ‥‥!!」 最後は絶叫になったハクの声に、千尋は何も返せなかった。 湯婆婆から聞かされたこと。 千尋が呼ばれた本当の理由。 千尋が記憶を失った理由。 全ては、自分がいたために起こったこと。 「‥‥自分で気がついてないんだね」 湯婆婆はハクを呼び止めて、そう言って笑った。 「おまえがこのまま人間界に行けば数日で千尋の全てを食らいつくすだろうね。今まではこの世界にいたから「生贄」なしでもまぁ何とかやってこれていたけど。人間界にそんなものはないんだし」 ハクは蒼白になったまま、言葉もない。 「その上、おまえ達はいわゆる「相思相愛」って奴だしねぇ」 ハクが千尋を求め 千尋がハクを求め その想いが強ければ強いほど、千尋はハクに自分の命を捧げていく。 千尋が強くハクを想えば想うほど、彼女の命は削られていく。 ハクが強く千尋を想えば想うほど、千尋は内部から食らいつくされていく。 「別に千尋が死のうとどうしようとあたしゃどうでもいいんだが、あの娘が消えたら坊が悲しむからねぇ‥‥全く、あんなみっともない娘に惚れちまって」 あの娘が死んでしまうなら、自分も一緒に死ぬなんて事を言い出す始末だ。 大切な息子がそこまで言うのなら――――――と湯婆婆は重い腰をあげたのだ。 「坊を危険な目に遭わせるくらいなら、まだおまえ自身に何とかさせたほうがマシだよ」 千尋の記憶を奪い、最後のチャンスをハクに与える。 その間に、ハクが自らの力でその試練にうち勝てるように。 もしそれでもダメなら。 最悪の場合は 「おまえが死ねばいい。そうすればあの娘は助かるだろうよ」 最初は、何とか千尋の命を長らえる方法がないか、自分の知る限りの世界をまわり、文献をあさり、長老と言われるもの全てに教えを乞うた。 しかし、その全てが「そんな方法はない」と否定で終わった。 次にハクがとったのは――――千尋を忘れるということだった。 自分が千尋を忘れれば千尋の命を食らう事もない。 でも 出来なかった。 千尋を忘れるという事は、今のハクにとってはもう死ぬよりも恐ろしい事。 それくらいなら死んだほうがマシだと思っている自分に気づき、その方法も諦めた。 せめて千尋から嫌われれば―――――そう思って冷たい態度もとった。 それは、泣き崩れる千尋を見たとたんに―――――胸を締め付けられている自分に気がついて、無理だとわかった。 ハクに残されている手段は、ただ一つしかなかった。 |