神の花嫁
〜Sacrifice〜
その11
「明日には全て終わっているから。そうしたら‥‥もとの世界にお戻り。湯婆婆も許してくれるだろう」 「いや!!」 頭が考えるよりも、千尋はそう叫んでいた。 目の前の人が、死ぬ? 目の前の人がいなくなってしまうこと? もう、二度と会えなくなるってこと? この姿も 声も 何もかも消えてしまうってこと? そんなのいやだ。 いやだ。 ――――――いやだ!!! ハクの腕にしがみついて叫ぶ千尋を優しく押し戻す。 「‥‥‥聞き分けのない事を言うんじゃないよ‥‥」 「いやよ‥‥いや!! いやぁ!! 絶対に、いや!!! 何か方法あるはずよ、ねぇ‥‥諦めないで!!! 一緒に探そうよ!!」 「全て探した。銭婆にも聞いた。龍神の長にも聞いた。――――方法はないと言われたし、文献にもなかった」 「そんな‥‥そんなの‥‥って‥‥」 「だから、これしかもう方法はないんだ」 「勝手なこと言わないで!!」 千尋はハクにしがみついた。 「なんでそんな事言うのよっ‥‥まだ、まだ時間はあるでしょう!!」 「千尋!!」 ハクの怒鳴り声に、千尋はびくっと体をすくめた。 千尋が身をすくめたのに気づき、ハクは優しく千尋の背中を撫でた。 「私が与えた力もいつまで保つかはわからない。そなたは少しでも体を休めなければ。今までもかなり体に負担をかけているのだからね」 いたわりの言葉をかけるたびに 愛しいという気持ちを自覚するたびに それが千尋の命を削っていく。 こんな道化がほかにあるだろうか。 ハクの指が名残惜しそうに千尋の唇をなぞり―――――そっと離れていく。 「さあ‥‥お休み。次に目が覚めた時には全て終わってるだろうから‥‥」 「ハ‥ク‥‥‥」 ハクの言葉が終わらないうちに――――千尋はがっくりと力を抜いてハクにもたれかかった。 ハクのかけた魔法が効を奏して来たのだ。 眠りについた千尋の体を横たえ、ハクはもう一度だけ千尋の唇にそっと自分のそれを重ねた。 「さよなら、千尋‥‥‥」 次には、部屋に動くものの姿はどこにもなかった。 意識が、どんどん沈んでいく。 優しい気配がまとわりつく。 ――――眠りなさい。 声にならない想いが、直接意識に囁いている。 眠ってしまえば、楽になれる。 ――――楽になれるのだから。 でも 何かが心をざわつかせる。 このまま眠ってしまったら‥‥きっと取り返しのつかないことになる。 私は、大切な何かを失ってしまう。 決して失ってはいけない何かを。 涙が出るくらい懐かしい、誰かを。 目覚めなきゃ。 ゆっくりと 水の中から浮き上がるように 意識が浮上する 千尋は重い瞼を必死にあけた。 |