神の花嫁
Sacrifice〜
その15










「――――――‥‥!?」

竜の姿をしていたハクは、ぴくんっと頭をもたげた。


千尋の声が聞こえた!



考えるよりも早く、亀裂の中へとハクは飛び込んでいた。





――――――千尋‥‥!!





暗闇の中に落ちていく千尋を、見つけた。

急降下し、下に回り込んで千尋の体を自分の体でくい止めすくいあげる。


ぐったりとした千尋が無事なのか確認しなければ。


そのままハクは亀裂の外へと飛び上がっていった。









人の姿に戻るや否や千尋を抱え上げ、ハクは千尋の頬をたたいた。

「千尋! 千尋!!」

「‥‥ん‥」

千尋がそっ‥と目をあけ、千尋の瞳が、しっかりとハクをとらえた。

「‥‥ハク‥」

かすれてはいるもののしっかりとした声に、ハクは安堵の息をもらした。

「良かった‥‥‥」

「‥‥‥なんで‥‥?」

どうしてという問いかけに、ハクはむっとした表情で千尋をにらみつけた。

「どうしてじゃない! どうしてこんな危険なことを‥‥!!」

「‥‥‥どうしても、取り戻したかったの。記憶を‥‥」

記憶、という言葉にハクが息をのんだ。

「記憶‥‥千尋‥‥記憶が?」

千尋はこっくりと頷いて微笑みかけた。

「‥‥コハク‥‥忘れていて、ごめんね」



コハク。

千尋が最初に呼んでくれた、ハクの本当の名前。

ハクは自分の本名を、記憶をなくした千尋に一度も伝えてはいない。

つまり。



「記憶が‥‥戻ったのか、千尋‥‥‥」

「うん‥‥思い出してみたら‥‥「なんでこんなに大切にしていたことを忘れてたんだろう」って‥‥思っちゃったけど‥‥」

思い出せて良かった。

千尋はきゅっ‥とハクの服を握りしめた。

「コハクのこと忘れたまんまなんて、イヤだったから‥‥」

「千尋‥‥‥」

ハクはぎゅっと千尋の体を抱きしめた。

「コハク‥‥」

ハクの耳元で、千尋が囁くように言葉を紡いだ。

「‥‥愛して‥る‥‥コ‥ハク‥」

今更何を言うのか‥‥と思いつつも、ハクは千尋の体を強く抱きしめた。

「‥‥私も、だ‥‥千尋‥‥‥」


たぶん、千尋は嬉しそうにほほえんだのだろう。

かすかに息を漏らすのがわかった。






「‥‥千尋?」

ハクが千尋を押し戻す。


そして――――――









「千!! ハク!!」

坊が駆けつけてくる。

ハクは、千尋を抱きしめたまま座り込んでいる。

かなり近くから怒鳴るように呼んでいるのに、ハクは全く応じようとしない。

苛々しながら、坊はハクの前へと回り込んだ。

「ハク!!」

ハクの肩をつかもうとした坊は、千尋の様子がおかしいのに気がついた。

「‥‥‥千‥‥?」


ハクの腕の中で、千尋はすでに事切れていた。