神の花嫁
〜Sacrifice〜
その16
湯婆婆から知らされてはいた。 このままハクとともにいれば、近い未来に千尋はハクにその命全てを食らいつくされるだろうと。 千尋を失いたくなかった。 何とかハクから引き離す方法はないかとも思い、色々考えた。 でも。 ハクから冷たくあしらわれて泣き崩れている千尋を見て――――何とかしてあげたいと思うようになった。 それが、千尋が一番望んでいることだと思ったから。 だから力も貸した。 覚え立ての魔法を使って長距離の移動という、自分の体力ぎりぎりのこともやってのけた。 ハクと千尋がもう一度出会ったら、きっと何とかなる。 そう思っていたのに。 その結果がこれなのだろうか。 「‥‥‥ハク。何で‥‥千、動かないんだ‥‥?」 ハクからの答えはない。 「‥‥何で!? 何で千がこんな目に遭うんだ!? 千は何にも悪いことしてない‥‥してないのに!!」 何も返さないハクに、坊の苛々が頂点に達した。 「何とか‥‥何とか言えよ、ハク!!」 「およしよ、坊や」 銭婆が立っていた。 式神ではなく、実体を伴った姿の銭婆が。 「‥‥!」 「今のハク竜に何を言っても無駄だよ。何にも見えていない状態だからね」 「でもっ‥‥でも、バーバ‥‥‥」 銭婆は坊に任せておきな、と手で示すとハクに近づいた。 「‥‥ハク竜よ。その娘はもう動かない。いくら温めてもその娘に体温が戻ることはないよ」 やはり反応を返さないハクの前に、ひざまづく。 ハクの腕の中の千尋は、幸せそうに微笑んでいる。 少なくとも――――苦しくはなかったのだろう。 「‥‥ハク竜。認めたくない気持ちは分かる‥‥しかしいつまでもそうしている訳にはいかないのは、わかっているでしょう?」 「‥‥‥銭婆‥」 ようやく、ハクがぽつりと言葉を漏らした。 「‥‥どうして‥私が生きているんだろう‥‥?」 なぜ、千尋が動かなくなっていて、私がまだ動いているのだろう。 まだこんなに温かいのに。 もう動かないなんて。 涙も出ない。 どうしても、この腕の中にいる存在が動かなくなってしまったのだと認識出来ない。 「ハク竜」 「‥‥認めない。千尋が‥‥もう目を開けないなんて‥‥絶対に認めない!!」 ハクの姿が、突然かき消えた。 坊が言葉を発するよりも、銭婆が手を出すよりも早く。 「すぐに、探さなきゃ‥‥!!」 焦る坊をなだめ、銭婆は息をついた。 「とにかく‥‥坊は一度油屋にお戻り。妹が心配しているだろうからね。ハク竜のほうは私に任せて」 湯婆婆のことを出されるとさすがにそれ以上無理強いも出来ず、坊はしぶしぶ頷いた。 坊の姿が消えたのを確認して、銭婆は上を――――空を見上げた。 ハクの居場所はすぐに分かる。 千尋を―――あのお守りの髪留めをつけた千尋を連れているのだから。 その波動をたどればいい。 すぐに、銭婆の姿もかき消えた。 銭婆が読んだとおり、ハクはすぐに見つけられた。 現実とこちらの世界とを繋ぐあの時計台が見える草原。 その中にハクは千尋を抱きしめたまま、途方にくれたように立ちつくしている。 最愛という言葉では片づけられないほどの大切な存在を失ってしまった喪失感は、想像を絶するものだろう。 この様子では、ハクの心が壊れるのも時間の問題。 ただ純粋に、お互いを大切に想っていただけなのに。 それが二人を追いつめ、こんな結果をもたらしてしまうなんて。 このままであっていいはずがない。 あの少女を喪ったままでは、いけないのだ。 銭婆は言おうか言うまいか迷っていた事実を、告げた。 「ハク竜―――――正気に戻りなさい。まだ、手はあります」 宙をさまよっていたハクの視線が―――銭婆に向けられる。 「千尋を甦らせる方法は、あります」 ハクの瞳に光が戻るのを、銭婆ははっきりと見た。 |