神の花嫁
Sacrifice〜
その17









蘇生。

それ自体はそんなに難しい術ではない。

魔法を極めんとする者ならば必ず通る道の途中にある術であり。

ハク自身もその気になれば使える術だ。

しかし。






「‥‥そのまんま千を甦らせても、意味はないねぇ」

油屋へと戻って来たハクと銭婆を出迎える形になった湯婆婆が、冷たくそう告げた。

「確かに? 千を生き返らせることは可能さ。だけどねぇ‥‥生き返らせたところで、ハクと千が想い合っている以上は、再びハクが千の命を食らいつくすだけ。その繰り返しさ‥‥あんまりそれを繰り返してたら、魂まで食らうことになりかねないだろうし」

「そう。だから普通の蘇生は使えないの」

銭婆が何をいわんとしているのかをとらえあぐね、その場にいる3人が不審げに銭婆を見た。

「かなり手荒なんだけど‥‥ほら、昔使ったことがあるでしょう。覚えてないかしらねぇ」

銭婆の言葉は湯婆婆に向けられたもの。

「‥‥まさか、あれを?」

坊とハクは魔女の姉妹がかわす言葉の意味がわからず、ただ二人のやりとりを見つめるばかり。

やがて二人の間で話はまとまったらしく、湯婆婆がハクに向き直った。

「覚悟を決めな、ハク。これからやることは、生半可な気持ちじゃできっこないよ」

その言葉で。

ハクは初めて湯婆婆もハクと千尋のことを心配していたのだと気がついた。

もちろん坊のためもあるだろう。

だけど。



「‥‥‥はい」

千尋を取り戻すためなら、何だってやってやる。

ハクは覚悟を決めて頷いた。










「あたしたちが双子だってことは聞いたことあるでしょ?」

そう切り出したのは姉の銭婆のほうだった。

「双子ってのは色々と不便なのよね。なまじっか似すぎてる上に同じように魔力に秀でてたもんだから、お互いにお互いを傷つけ合ったりもするの。子供の時は特に、周りの影響を受けやすいから‥‥だから妹が坊を甘やかすのもわからないでもないわけよ」

早く本題に入れ、と促され、銭婆は「そう焦らずに」と苦笑した。

「このままじゃ自滅する‥‥そう思ったあたしたちは、あることをやってみたの」

「あること‥‥?」

「互いの魂を二つにわけ、融合させるという方法」



そうすることによって、確かに互いの気や魔力が互いを傷つけることはなくなった。

しかしその代償として、二人はある一定の距離以上に離れて生きることが出来なくなった。

「今私が住んでいる沼の底がギリギリのセンなのよね。でも一緒に暮らせば毎日喧嘩ばかりするのは目に見えてるし」

「‥‥で‥‥つまり、ハクはどうすればいいんだ?」

話の意図が見えていない坊が苦虫をかみつぶしたような顔をして問いかけた。

「‥‥つまり」

銭婆の代わりにハクが口を開いた。

「私と、千尋の魂を融合させ‥‥その上で蘇生させる。そうすれば千尋の魂は私でもあるから‥‥私が食い尽くすことはない。そういうことですね?」

湯婆婆と銭婆が頷く。

ハクは――――大きく息をついた。




確かに大きな賭だ。

湯婆婆と銭婆がうまくいったのは「双子」だったからだ。

しかしハクは「竜」であり「神」。

対する千尋は「人間」。

人間と神の魂を融合させるなど聞いたこともない。

仮にうまくいったとしても、千尋の体は人間のまま。

その体が「神の魂」に耐えられるかどうかもわからない。

全てうまくいったとしても、その後どうなるかも全く予測がつかない。




それでも

「‥‥やります。方法を教えてください」

千尋を取り戻したい。

そのためなら悪魔にだってなる。



遙かな神話の時代に、愛する者を取り戻すために黄泉の国にまで降りた男の話を聞いたことがあった。

今ならその気持ちが分かる。








いわゆる晴明桔梗と呼ばれる五芒星の魔法陣の上に、千尋の体は寝かされていた。

ハクが近づいていき、血の気のひいた千尋の頬をそっと撫でる。

既にその体は冷たく、生物がもつ温かみはない。

「‥‥千尋‥待っておいで」

すぐにそなたを取り戻すから。

「用意はいいかい」

湯婆婆の声にハクは立ち上がり「はい」と頷いた。











「‥‥‥‥‥ちゅう」

ネズミの姿になった坊が、ボイラー室の土間でうなだれている。

ススワタリたちが心配そうに慰めるが、坊ネズミはしゅんとしたまま動こうともしない。

「‥‥千が、そんなことに」

坊から事情を聞いた釜爺が、今度はリンに今の状況を説明している。

その説明はリンにはすぐには理解しがたいものであった。

「‥‥千が死んで、生き返らせるための儀式の途中‥‥‥っても‥成功する確率も低いんだろ?」

「湯婆婆と銭婆の儀式はうまくいったがな‥‥全くの他人どうしの魂の融合なんぞ、聞いたこともありゃせん。うまくいくことを祈るしかない」

下手に魔力の高い坊は儀式の妨げになるからとネズミの姿にされ、儀式が終わるまでは釜爺の元にいるようにと放り出されてしまったのだった。

仲間はずれにされたことも相まって、坊はひどく落ち込んでいた。

「たとえうまくいったとしても、千は‥‥もう前のような千じゃねぇんだろ? ‥‥そこまでして、千が生きたいって思うのかな‥‥」

自然の理に反する所行であることだけは間違いない。

一度黄泉の国に行った者が、不自然な形で呼び戻されるのだから。

「わからんよ。ただ‥‥それだけ、ハクの執着が強いということだろうな」

リンと釜爺は今頃儀式が行われているであろう油屋の最上階を思い――――天井を見上げた。