Sherman
その2
200000キリ番作品
人目のないところで人の姿に戻り、神社の社をくぐる。 詣でる人々でにぎわっている本殿を割け、横道へと入っていく。 そして少し歩いたところで――――ハクは立ち止まった。 「おられるのでしょう。出てきて頂きたい。お聞きしたい事があるのです」 その声に導かれたのか――――ふわり、とハクの目の前に光が地より沸き上がった。 そしてその光が人の姿をとる。 ―――木花咲耶姫命である。 「なんじゃ……妾をそちらから呼び出すとは、珍しいの。どういった風の吹き回しじゃ?」 「お聞きしたいのです。あなたならば、見当がつくと思いまして」 白い着物に身を包んだ咲耶は近くの岩に腰を下ろし、その長い髪をかきあげた。 「……千のことか」 「ご存じでしたか」 「妾とてそれなりの力を持つ神じゃ。母神にはかなわずともな」 そう言いつつも咲耶の表情には悪戯っぽいものが浮かんでいる。 咲耶がこの状況を楽しんでいるのは明らかだ。 「……あなたの知っている神が、千尋をさらったのですね。誰ですか」 いらだっているハクとは対照的に、咲耶は余裕の表情で見つめ返す。 「さぁな……知っているといえば知っているというか……」 「教えて下さい。言わないと言うのであれば、力づくでも………」 「まぁ待て」 咲耶はトン、と岩から降りると突然歩き出した。 「咲耶姫!」 「こちらじゃ。ついてこい」 それ以上は何も言わず歩き出した咲耶に、ハクはただついていくしか出来なかった。 本殿のなかに入り、咲耶はそのまま歩いていく。 外から見ればそれほど奥行きがあるようには見えないのに、なかに入ると遥か彼方がかすんで見えないほどに長い廊下が続いている。 「咲耶姫、これは………」 「ここは妾の空間。ヒトには感知出来ぬところじゃ」 振り返りもせずに咲耶はそう告げ、歩いていく。 ここは咲耶が作り上げた空間――――もしハクが道を逸れれば、そのまま異空間の迷い子になってしまうだろう。 それが分かっているから、ハクもそれ以上は何も問わずに、黙々と咲耶の後をついていく。 そうして、距離としてはかなり歩いた後――――唐突に廊下の終焉が見えて来た。 真っ白い襖がある。 そこで咲耶はふと立ち止まり、ハクを振り返った。 「コハクは確か飛べたな」 「はい……それが何か」 「ならば良い」 咲耶が襖を開ける。 そうして――――その向こうに広がっているのは、無限の闇。 いや、その空間の中央に光る微かな物体を見つけ、ハクは目を細めた。 「時がすぎ、妾の力も随分と衰えた――――あのようなモノを媒体とせねば、遠くも見えぬほどにな」 言いつつ、ふわりと咲耶が身を空間に投じる。 何処までも続くその闇は、一度踏み出して落ちてしまえば二度と戻れない場所へと続いているに違いない。 その後をついていき、光る物体へと近づいて行くと――――それはほのかな光を放つ水晶球だった。 「姫、これは……」 「媒体だ。質が良くないのが欠点だがな……」 そう言いつつ咲耶はその水晶球に手をかざした。 「このなかに映し出される。よう見るのじゃ」 水晶球のなかに、何か映像が見え始める。 ハクは目をこらした。 くすんだ空と荒れ果てた大地。 何処までも続く荒野は、今の日本にはあり得ない光景である。 そして不鮮明ながらも、うごめいている何かが見える。 「……!」 水晶球は唐突に、一人の女性の姿を映しだした。 黒髪の巫女装束に身を包んだ女性が立っている。 そして――――― 「――――! 千尋!!!」 千尋の姿が、その女性の傍らにあった。 |