Sherman
その3


200000キリ番作品







「千尋!」

我を忘れて水晶球につかみかかろうとしたハクを止めたのは咲耶だった。

「無駄じゃ。これは映像を映すのみ。声はとどかぬ」

「あの場所は……いったい」

少なくともハクは見たことがない場所。

「黄泉比良坂(よもつひらさか)であろうな。わらわも見るのは初めてじゃ」

「黄泉……!?」

黄泉とは死者が赴くところ。黄泉比良坂とは、現世とあの世とを結ぶ境目である。

「……千尋は、死んだと……?」

元々白いハクの表情が、青ざめて病人のようにも見える。

そんなハクを一瞥して、咲耶は唇の端を笑みの形にゆがめた。

「話は最後まで聞け」

咲耶は視線を水晶球に戻した。

「隣にいる巫女姿の娘御に気がついたか」

ハクが頷くと、咲耶は水晶球をつっ…と指でなぞった。

「わらわも会った事のない神であるから確信はもてぬ。だが、黄泉比良坂にいるとすれば………おそらく彼女しかおるまい。……菊理姫神じゃ」

「……ククリノヒメカミ…?」

名は聞いたことある。確か、日本書紀で――――

「名だけは聞いた事があろ? その昔、伊邪那岐と伊邪那美の二人を黄泉比良坂で調停した女神……となっておる。詳しい事はわらわも知らぬ」

「日本書紀で……名だけは。ですが……何故その菊理姫が、千尋を………?」

「わからぬ。この方だけは何もわからぬのだ。その存在全てが、不明となっておるからの。おそらく伊邪那岐、伊邪那美のお二人も良くは知らぬはず………」

ハクはただその場に立ちつくすしか出来なかった。















神社は相変わらず人でにぎわっていた。

その間をぬうようにして、ハクが歩いていく。

咲耶の言葉と助言は貰えたものの、気が重かった。






『黄泉比良坂へ行くには、いくつかの方法と道がある。一番てっとり早い道を選ぶならば出雲へとゆけ。出雲は今でも神の恩恵と隣り合わせの場所……そこから、黄泉比良坂へと向かう道が見つかるであろう』




「………出雲、か」

竜となれば行けぬ場所ではない。

すぐにでも向かえば、きっと夜にはつくだろう。

「……千尋、待っていろ」

ハクは竜の姿になり、そのまま空へと身を躍らせた。










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