時を越えて
その2

320000HIT キリ番作品





「……何をしておる」

街に入ってからすぐ目に入って来た光景に、咲耶姫は笑みを押さえきれなかった。

「……………」

その視線の向こうにはハクがいる。

湯屋で働いていた最中に連れてこられた(?)為に、ハクは仕事着にもなっている水干を着ていた。

その為に何処か良いところの稚児が紛れ出たのではないかと思われたらしい。

彼の周りには役人やら野次馬やらが群がっていた。

その人だかりを半ば乱暴と思える手つきで押しのけて、ハクは咲耶姫の前まで歩いて着た。

「咲耶様、千尋を一緒に連れて来られたでしょう。あの子は何処です?」

そう言われて咲耶姫は自分の後ろを振り返った。

「着いて来ておらぬな。何処かで置いてきたか」

「置いてきたか、じゃありませんっ!!」

目を剥いて怒りを表すハクに対して咲耶姫の方は何処吹く風。

周りの野次馬が一気に3メートルは離れるようなハクの剣幕にもただ肩をすくめただけだった。

「そう過保護にせずともあの娘は自分で何とかする力は持っておると思うがの」

「時と場合によります。こんな異常事態で彼女を一人にしておいたらどんな事になるか!! この時代は現世よりも魑魅魍魎の力が強いのはあなたの方が良くご存じでしょうに!!」

怒鳴っても効き目はないと判断したか、ハクはきびすを返した。

「千を探しに行くか?」

「髪留めの魔力は感じられますから。あなたはお好きなように」

呼び止めた咲耶姫の言葉にも冷たく返し、ハクは歩き出す。

「お待ち下さいませ」

それを止めたのは別の女性の声だった。

「……そなたは」

咲耶姫の表情が懐かしいものに彩られる。

「あなた様の探し人は今こちらの方へと連れて来て頂いております。ですので暫し我が屋敷にご滞在下さいませ」

人だかりがさぁぁっとなくなり、その中央に付き人を沢山従えて立っているのは巫女装束と思われる単衣を着た女性。

黒髪を長く垂らし、その単衣にもいろいろな刺繍が施されているところを見るとかなりの地位にいる者だろう。

(―――この時代、高貴な出の娘はまず外に出ない筈だが……?)

恐らく千尋と同じかそれよりも下くらいと思われるその少女はハクも初めて見る人物で、懐かしそうな声を出した咲耶姫に視線を向ける。

「倭迹迹日百襲姫神(やまとととひももそひめのかみ)。……今はこの少女を依代にしておるようじゃがな。女神の一人じゃ。言う事を聞いておいて正解じゃと思うぞ」

「事情はお話致します。どうぞ、我が屋敷へ」

そう言われて深々と頭を下げられると無下に断る訳にもいかない。

ハクは仕方なく頷きを返したのだった。










「あなた様がお探しになられている娘がこちらに参るまで、まだ時がかかりますでしょう。それまでに事情をお話させて頂きます」

百襲姫神と名乗る少女がハクと咲耶姫に語った事は、ハクを驚かせる事ばかりだった。





「あなたが遠く未来の世界から来た事はわたくしは存じております。そして遠く過去からも客人がこの平安に参っておられるようなのです」

「ほほぉ?」

咲耶姫が声を漏らす。

「どうやら世界を形作る気が乱れ、あなた方もその方々もこの世界へと迷い込まれたようなのです。詳しいことはわたくしにも分かりませぬが、元に戻るには出会う事が肝要……と出ております」

「つまりは……その過去から来た客人、とやらを探し出して会う事で、歪みが直るという事なのだな」

ハクが確認をするように尋ねると、百襲姫神は頷いた。

「はい」

はっきりと言われてしまえばそれに従わざるを得ない。

「やって来たようじゃの」

咲耶姫の声にハクがはっと視線を向けると。

「巫女様、連れて参りました」

「……え…!?」

驚きの声をあげたのはハク。

そこには湯屋の仕事着を着ている千尋と、みすぼらしい着物を着た千尋とが立っていた。






「びっくりしたけど、お互いにすぐに分かったんだ」

二人の千尋は「ねー」と顔を見合わせてにっこりと微笑み会う。

確かに容姿は違う。

しかし発散している気は全く同じ。

「……こんな事があるのか……?」

恐らく千尋の隣に立つ少女は千尋の前世とも言うべき存在だろう。

だがこうやって出会い話をするという事が果たしてあり得るのだろうか。

「ミヤ……そこにいる少女の名ですが、彼女があなた達を導いてくれますでしょう」

「元の世界に帰る為には過去から来ている人を探し出さなきゃいけないんでしょう? 行こうよ、ハク」

この状態を把握しかねているハクを尻目に、千尋の方はすっかりその気になっているようだ。

目の前で起こった事を素直に受け入れる心の深さがあるからこそ、千尋は湯屋に馴染む事が出来たのだろう。

ハクはふぅ、と息をつくと二人の千尋―――一人はミヤという名というのが百襲姫神の言葉で分かった―――に向き直った。

「ならば行こうか。その客人とやらを早く見つけ出さねばならないからな」

「はーいっ!」

―――度量が深すぎるのもちょっと問題かも、とハクが思った事を千尋は知らない。







「恐らく千尋さまも感じられてる事かと思いますが……こちらです」

ミヤは勝手知ったる我が道なのか、土できちんと舗装された道を歩いていく。

ハクや千尋も湯屋で働いていた時の姿のまま来た為か、服装に関しては全く違和感がない。

ハクの美貌に振り返る者も多いが、その威圧感に押されて話しかけてくる者はいなかった。

「……うん、感じる。この向こう」

ずんずんと歩いていく少女二人に少し遅れて歩きながらも、ハクは一つの仮説を思いついていた。

(―――もしかして……?)






舗装された道をすぎると辺りは緑溢れる自然になる。

その道を3人はてくてく歩いていた。

「―――あ」

千尋がふっと足を止める。

ミヤも同じように足を止めた。

「あの木の根元です」

ここまで来ればハクにも分かった。

その気配はハクも良く知るものだったから。

小高い丘のように盛り上がったそのてっぺんに大きな木が立っている。

その根元に横たわる者がいた。

この平安時代には絶対に有り得ない白いドレス。銀細工のアクセサリ。そして―――栗色の髪。

「この娘も―――千尋、か」

木の根元で眠る少女は千尋だった。












ハクが背負って百襲姫神の屋敷まで戻る。

屋敷でのんびりと過ごしていた咲耶姫も3人が連れ帰ったその少女を見て驚きの声をあげた。

「過去からの客人とはこの娘のことか」

「はい、同じ気を内から感じます。千尋さまもミヤも感じている事でしょう」

百襲姫神の言葉に千尋とミヤは頷きを返した。

「しかし一体どうしてこの娘といい私たちといい、この平安に呼び寄せられたのだろう…」

「それは……」

「ん……」

その時横たわっていた少女が身じろぎし、目を開けた。

「目が覚めた?」

千尋が少女の体を支えるように腕を回すと、少女は「有り難う」と小さく断ってしっかり覚醒しようといわんばかりに首を軽く振った。

「……ここ…」

辺りをキョロキョロと見回しハクの方へと視線を向けた途端、少女の表情が驚きに彩られる。

「…ディミトリス…!?」

驚いて固まってしまったハクを見やり、咲耶姫がくすっと笑みを漏らした。

「どうやら……ハクの前世もいるようじゃの」










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